川端 คาวาบะตะ

10062458014_5e8616cdd2_kいつも私は、誰かに何かをお願いされたとき「YES」と言うように努めてきました。その場で断ることは簡単ですが、断った瞬間、そこで道が閉ざされてしまうと考えているからです。

だから、ルアンピー(先輩僧侶)から「出家した体験を本にまとめませんか」という提案をされたとき、私は即座に「YES」と答えました。2013年の9月のことです。

過去に本作りに携わったことは一度もありません。それでも「YES」と伝えたのは今回の出家体験が、人生の中でも印象的で大きな出来事で、たとえ文章が乱筆乱文であってもその体験をしっかりと伝えたいと思ったからです。どういう心境で出家を志したのか。出家中はどういう生活をしていたのか。瞑想中は何を考えていたのか。食事はどうだったのか。これまであまり語られることのなかった出家や瞑想についてまとめて、ありのままに伝えたい。そういう気持ちが盛り上がり、本の制作を引き受けました。

日本では「宗教」というと怪しいイメージがあります。お寺参りや葬式、新年三が日の参拝は気軽に行なうけれど、宗教に入信することはどこか引っ掛かるところがある。多くの日本人はそのように思っているのではないでしょうか。これは、新興宗教団体による強引な勧誘行為や高額商品の販売などによって、宗教に対するイメージが損なわれたためだと考えられます。

先に断っておくと、私は無宗教の人間です。仏陀が話したとされる説法をいくつも聴いて、なるほどと思うことは多々ありましたが、私自身は各宗教にあるような「死後、天国にいける」や「輪廻からの解脱」という話には特別な関心は持てませんでした。ですが宗教の重要性は海外に出てからというもの、頻繁に感じさせられます。海外の友人に「日本人は仏教徒が多いのか?」と質問されて「日本にはお寺がたくさんあるが、若い世代を中心に無宗教の人が多い」と答えるとたいてい変な顔で見られます。これだけ長く生きてきて、仏教国でありながら仏教のことを何もしらないことに恥ずかしさを感じたことが何度もあります。

当然のことですが、タンマガーイ寺院の出家コースを通じて入信を勧められることはありません。出家を果たした今も私は信仰を持っていません。しかし、宗教がその国の衣食住、精神、教育など人々の生活に関わるあらゆる文化に大きな影響を与えていることは事実です。日本を出てタイに渡りその文化に触れたことで、キリスト教や仏教、イスラム教などに触れても盲信せず、かといって反宗教も掲げず、良いところがあれば取り入れ、自分の人生に生かすことが宗教との適切な付き合い方なのではと感じるようになりました。

だから本書の執筆にあたっては、宗教云々に関する内容はできるだけ省き、あくまでもフラットな感覚で(無宗教という視点から)執筆することを意識しました。

この本を通じて出家や瞑想に興味を持っていただければ幸いです。読みにくい部分もあると思いますが、ご自身が出家をされている気持ちになって読み進めていただければこれほど嬉しいことはありません。

 


川端の日記 บันทึกของคาวาบะตะ